皆様へ

2009年も、多くの方々にSriye rlungにいらして頂き、感謝しております。
ありがとうございます。

夏より場所を移動してのセッションとなりましたが、
皆様には快く承諾していただき、ありがとうございました。
また文京区のLuminosaさんにも大変お世話になり、
この場を借りてお礼を申し上げます。


おかげさまでこの仕事で独立しましてから3年が経ち、
これまでたくさんのお客様のお目にかかることができました。
東京、神奈川、千葉、埼玉など関東のお客様が多いなか、
遠方から新幹線でいらしてくださる方々も増え、
感謝してひたすらに仕事をさせて頂きながら、
同時に多くの方々に支えられてきたことを感じます。


その日々のなか、いつものようにお参りをしていたところ、
突然、次の段階が来ていること、その啓示に目を開きました。

それは、仕事において今の段階が満了する、
次の方法に移行するときが来ている
というものでした。

つまりこれまでのセッションやその方法が変化するというのです。

これは、何度も何度も解釈しなおしました。

そして、わたしがかつて、「死」からこちらへ戻ったとき、
道標となったことを確かめよう、と思いました。
そしてこの秋インドへ飛び、
仏陀が生き、教え、歩いた道を、自分の足で辿りました。


そして、どの方向からみても、その「しるし」は確かでした。

時間はかかりましたが、
それをただ受け入れるということを理解しました。
ですので、決意いたしました。


霊視カウンセリングは、2009年末をもって満了とさせて頂きます。
それと同時にそのほかの各セッションも見直しのため、
お休みを頂くことといたしました。


すでに来年春までご予約のご希望が寄せられており、
その方々には順次ご説明させていただいております。
ご期待くださっていた方々には大変申し訳ございませんが、
どうぞご理解頂ければ幸いです。


石に関することにつきましては、新たにはじめさせて頂きます。
Sriye rlungではこの3年、全体の案件の割合として、
結婚や赤ちゃんのご縁のお手伝いをさせて頂けることが多く、
天然石のアクセサリーやクリスタルヒーリングがひとつのきっかけとなり、
流産や不妊を乗り越えて出産された方々が続いていることから、
これからもその役をなしてゆくビジョンを得ています。

しかしながら、これまで霊視カウンセリングを軸としてきましたので、
石に関することも、この機会に見直すことといたしました。
スタートのときはまた、お知らせさせていただきます。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

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これからについて

これまでわたし個人を大きく動かしてきた霊感と呼ばれるものについて、
新たな、ごくシンプルな方法への、変容を考えています。

ひとつの例を紹介したいと思います。
数年前のある夏、海へ行きました。
インストラクターと他十数名で沖へでたのですが、
このインストラクターはスピリチュアルセラピストを名乗っていて、
いつもハッピーでいることを説いていました。
そして沖でしばらく泳いでから、ボートの上にあがったとき、
わたしは自分のバスタオルがないことに気がつきました。

水着の上にパーカを着ていましたが、それもあっというまにぬれてしまい、
高速で飛ばすボートの風にみるみる身体が冷えて、気分が悪くなってきました。
そこでさっとお手洗いに立ち吐き出せるものを流してしまうことにして、
五分後にほっとしながらボートの席に戻ると、
責任者であるはずのインストラクターは、
タオルがなかったことにも気づかず、心配の言葉もなく、こう言いました。

「私はハッピーなことしか考えていないから気持ち悪くならないんです」

びっくりしました。
ネガティブなことを考えていたから気分が悪くなったのでしょうか。
いえ、ただ身体が冷えただけです。

けれども、いわゆるスピリチュアル系という人たちに、
こういうセリフはとてもよく使われているように思います。
そういう主張を持つことは自由です。
けれどもいつもその中に、暗黙のうちに何かを強要してくるような、
ハートのないとてもひんやりした印象を受けることが多いのです。

ハッピーであることはとても大切です。
けれども、どんな理由であれ、今目の前に寒そうなひとがいたら、
どうすれば快適になるだろうか、が先ではないかと考えます。
例えば、お湯をわかし温かい飲物をいれてゆっくり飲みながら、話さなくても、
温かい飲物ってうれしいね、というようなやわらかい雰囲気や、
このホカロン温かいけど袋見たら使用期限すぎてるね(実話です)、とかそういうことでも、
ただ添い、共有することの、よろこびの振動みたいなものを大切にしています。

わたしはこういう点で、
先程のようなスピリチュアルの捉え方とは意見が合いません。
物事に対し、本来の敬意を持っていたら、
なにもかもスピリチュアルである必要はないとも思っています。
浄化、という言葉もよく使われますし、わたしも使うのですが、
浄化法を気にするくらいなら、日々ありがたく気持ちよくお風呂に入り、
そのお風呂場をまた感謝して丁寧に洗う、それで充分、とも思っています。
本当はスピリチュアルに区別などないですし、させて頂いていることも近く、
辿り着くところも同じかも知れません。
けれど、どちらがよいということではなく、
方法、道、そういうものが大きく違った考え方があるのを感じています。

ここにいらしてくださるお客様はわたし以上にそこを認識されていて、
霊視だからではなく、光音だからと言って来てくださり、
畏れ多く、その意味でもわたしは本当に日々感謝をしています。

ただ、霊視という言葉を使わせて頂いているために、
リーディングや占いや診断はしていません、とお伝えしても、
何が違うのかと思われる方々もいらっしゃったことと思います。

そうなると、霊視という言葉が、適切でないのかも知れません。
霊感に基づいてお話させて頂いていますが、
本来霊感は誰にでもあるもので、決して特別なことではなく、
霊視というかたちをとらずとも展開してゆけるのではないか、
と考えています。

こうした面からも、霊視カウンセリングは満了を迎えるのでしょう。

もっとシンプルであたたかく、素朴ななにか。
わたしはそのかたちを見出すことになるのだと思います。

 

 

長くなりましたが、お読み頂きありがとうございました。

そしてこれまで、本当にありがとうございました。

感謝
   Sriye rlung 光音

 

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